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えっさほいさ~

ナオニートです。

 

さて、行ってきましたよ、工業高校。

 

心配していた天気の方は、快晴。

いや、暑すぎた。

汗でびしょ濡れになりながらカメラを持って歩き回りました。

 

工業高校っていうと、男ばっかりなイメージでしょ?

その通り。

で、近くには商業高校(女子が多い)があって、そこの女の子たちがたくさん来てました。

やぁ、おじさんは姿を見れるだけで満足です。

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お客さんも招き入れて男女で玉入れをしてました。

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全員で地団駄を踏んでるみたいでしたけど、オールブラックスの、アレかな?

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「A」って何回もやるんですよ。えっと、「工業高校」のA?

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で、何を見に行ったかというと、「エッサッサ」です。

エッサッサって、日体大の応援の踊り(?)なんですね。 

日本体育大学の独特の応援スタイルとなった『エッサッサ』は大正10年代の本学の前身である体操学校でうねったスポーツの波が誘因となって誕生しました。

その当時の体操学校は、日本体育会が大相撲と密接な関係を結んできたこともあってか、全校を挙げて相撲の応援に国技館に駆けつけていました。その当時、東京農大には『大根踊り』が、商船大学には『錨をあげて』が独自の応援スタイルとして名を馳せていました。体操学校でも、そのような独特の応援スタイルを考案しようという気運が高まってきました。これに応えたのが、当時体操学校の在学生であった、平井一氏でした。氏が回想するところによると、モチーフとされたのは当時アメリカから持ち込まれていた『ピストン・ロッジ・アームモーション走法』でした。この腕の振りに静と動、強と弱、速と遅の要素を取り入れ、掛け声を『エッサッサ』に。

このように日体独自の応援スタイルは平井氏がいた学生寮で誕生しましたが、80年近くもの歳月の流れの中で連綿と継承してこれたのも、学生寮が責任を持って先輩から後輩へと伝えつづけてきたからにほかなりません。

時代は移り、エッサッサも時の寮生たちによって少しずつアレンジされてきました。そして『離合集散』の美を表現しながらエッサッサをより勇壮なものへと仕上げていきました。月明かりに獅子が月に向かって咆哮する様子(さま)を表現したもの、との説明が加えられるに及んで、この静の強さを強調したスタイルは完成したといえます。『演じて見せるエッサッサの世界』は、われわれ日体人の精神的な土壌といえるのかもしれません。

動画を撮ってきたんですけど、載せれないなぁ、ケーブルがなくなっちゃった。。。

みんないいカラダしてますね。

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あれ、みんな色白になってる。。。⇩

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けっこう迫力ありましたよ。

見に行ってよかった。

また動画あげれたら、紹介しますね。

 

つづく。

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